平常心、平常心、
何度も何度も呪文のように心の中で呟いた。
深呼吸して、心を落ち着かせて、よし、と意気込んで朝餉の準備を始めた。
「平助君、おはよう!」
「え・・、あ、うん、おはよう」
昨日とは打って変わった私の様子に、彼は茶碗を受け取りながら目を丸くした。
え、え、なに?どうしたんだよ、とそんな風に言いたげな彼ににっこにこ笑顔を返す。
目をパチパチと瞬いて疑問符を浮かべる平助君を邪魔だといわんばかりに沖田さんが横に押しやった。
「平助君、邪魔だよ」
・・邪魔だと、はっきりおっしゃいました。
「千鶴ちゃん、おはよう」
「おはようございます。沖田さん」
沖田さんのご膳にもよそったばかりの茶碗を置く。
ありがとう、と彼は言い作ったように綺麗な笑顔を返してくれる。
「今朝は随分機嫌がいいみたいだね、何かあったの?」
「え?特に、なにもないですけど・・」
「へぇ・・、」
まだ広間に来ていない席の人の分もご膳を用意していたら、湯飲みに口をつけながら彼は目を細めて言う。
なんとなく、その視線に耐えるのが辛くて、私はしゃもじを持ったまま振り返った。
「お、沖田さん、」
「ん?なにかな」
「ご飯、冷めないうちに召し上がってくださいね」
「ん?今日のは千鶴ちゃんが作ったの?」
「はい!あ・・全部ではないですが、手伝わせていただきました」
沖田さんは、すごく勘がいい。
加えて、そうして感づいたことに棘を持たせてわざとらしく質問してくる。
話をなんとか逸らして、この場はやり過ごさなくちゃ!
せっかく、気合を入れて平常心を保っているのに、沖田さんの手にかかればあっさり崩れ去ってしまいそうだ。
「ふぅん、まぁ・・いいけどね」
小さく呟いて、彼はまだ湯気が立つ味噌汁の碗を手に取った。
ホッと、息をついてそそくさと櫃を抱えて反対側の人たちの膳の世話を始める。
「・・千鶴ちゃん」
「え、・・はい」
「お味噌汁、美味しいよ」
「あ・・・、ありがとう、ございます」
振り返った先にはにっこりと笑顔を浮かべる沖田さんがいる。
お礼の言葉が詰まってしまったのは、膳に並ぶ料理の中で唯一私が仕上げた料理が味噌汁だったから。
他の料理は分担して料理番の人と一緒に作る。だから、お味噌汁が美味しいと言われたのは素直に嬉しかった。
ただ、まるでそのことを知っていたかのように味噌汁を選んで感想を述べた沖田さんに、私は引きつった笑みを返してしまう。
「ちづるー、飯おかわりー!」
と、そこで元気な声が届いて慌てて顔を上げた。
平助君が空になった茶碗を頭上に上げながら私を呼んでいた。
「あ、うん、今行く!」
急いで目の前の井上さんと原田さんの膳に茶碗を乗せ、埃がたたないように気をつけながら平助君の下へ移動した。
「平助君は相変わらず食べるの早いね」
「あーなんかさ、新八っつぁんのせいで早食いが身に付いちまってさー」
「でも、今日は永倉さんまだ来てないみたいだしゆっくり食べても大丈夫なのに」
朝餉は皆が揃ってから、というわけではないので各自、己の日程を考えて食事を取る。
巡察がある組の人はこの時間に食べないと間に合わない。反対に夜の巡察、もしくは巡察がないところはもう少し寝坊も出来る。
平助君は、今日は昼の巡察だったはず。
「いや、そうなんだけどさー・・なんっか、もう癖でさー」
山盛りによそった茶碗を受け取って、平助君はガツガツと食べる。
見ているこっちが気持ちがよくなるくらいの食べっぷりだ。
「雪村君、お茶をお願いしてもいいかな?」
「あ、はーい!」
もう粗方の配膳は済んだと、櫃を横に寄せて井上さんに頼まれたお茶を入れるために立ち上がった。
大丈夫、だいじょーぶ、
何にも不自然なところなんてなかったはず、
このままならきっと平助君の前でも以前のように素直に笑うことが出来る。
焦る心に無理やり蓋をする。
だから私は、バタバタと広間から出る私の後姿を、どこか寂しそうに見つめる平助君に気づくことが出来なかった。
@あとがき
今日は、ちょっといろいろありまして、自分の考え方や認識の甘さを痛感して、少し、落ち込んでいます。
夢や理想を追い求めるって、難しいですね。とても純粋なようで、難しくて、すごく遠い存在なのだと、今更ながら思い知りました。
小説に関してのあとがきは、ちょっと書けるような精神状態ではないので控えさせていただきます。
ごめんなさい、少しだけ、留守にするかもしれません。なにかありましたら拍手かコメント、もしくはc