「・・・・・・。」
「どうしたの?食べないの?」
「あ・・いえ、でも…」
目の前に山と詰まれた和菓子に、思わず顔を引きつらせてしまう。
真横でにっこにこと気味悪いほど素敵な笑顔を振りまく沖田さんがいるせいで、断るに断れない。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか・・・。
一刻ほど前、
「おう、千鶴。」
「あ、原田さん、平助君。おはようございます。」
今日はとても天気がいい。
先ほど干し終えた洗濯物は、きっとお日様のいい匂いをたっぷり吸い込んでくれること間違いなしだ。
一仕事終えてホッと息をついた時、まるでタイミングを図ったかのようにひょっこりと顔を出したのは、原田さんと平助君。朝稽古でもしていたのだろうか、うっすらと汗をかいている。
「おっはよー。仕事終わった?」
「え、あ、はい。」
仕事。彼らが言う私の仕事は洗濯やら細々した雑用のこと。
それでもちゃんと仕事、と称してくれるのは嬉しい。
「オレたちさぁ、朝稽古終わってさ、休憩がてらどっか食いに行くかってことになったんだけど千鶴も一緒に行かない?」
「えっと、私が一緒に行ってもいいの?」
手に持った籠の中身は空っぽだ。
洗濯は終えたし、屯所内の掃除は午後でも大丈夫だろう。
「もっちろん!つか、そのために誘ってんだからさー。」
本当に朝から元気がいい。
平助君の太陽のような笑顔に思わず微笑んでしまう。
「んじゃ、さっさと行こうぜ。土方さん辺りに見つかるとややこしくなるからな。」
「はい!」
2人と一度別れてすぐさま籠を所定の場所に戻して部屋へと戻る。
髪を綺麗に結い直してさっと自分の姿を鏡に映す。
よし、相変わらず男装姿ではあるけれど、これといっておかしいところはない。
身だしなみを確認してから彼らと待ち合わせをした屯所の裏口へと急ぐ。
「どうして裏口から出かけるのですか?」
「どうしてって、なぁ・・・」
裏口にはすでに2人の姿があった。
私の姿を見つけると早く来いと手招きをする。
そうして慌しく屯所を出て、彼らのお勧めだという甘味屋へと向かう途中問うてみれば、少しばかりばつの悪い表情を浮かべる。
「んー・・別に出かけること自体をとやかく言われるわけじゃねぇんだけどさー、なんか見つかると面倒っていうか。」
「面倒?」
「とくにあれだ、総司あたりに見つかるとやっかいなんだよ。」
原田さんの口から出た沖田さんの名前に思わず首をかしげる。
どうして彼の名前がそこで出てくるんだろう。こういうときは大抵土方さんの名前が挙がるのに。
「土方さんではなくて、沖田さん?」
「土方さんがこの時間帯に屯所内をうろついてるわけないしー。つか、総司はさぁー、あれだ、なんつーか・・」
平助君はなんだか言葉を選んでいるようだった。
しかし、自分が言いたいことを上手く言葉に出来ないのかうんうん唸っている。
「・・・総司のやつはな、拗ねるんだ。」
「あーそう!拗ねる!拗ねるっていうんだよな!ああいうのはさっ!!」
原田さんの言葉に勢いよく顔を上げて平助君ははしゃぐように声を張り上げた。
「拗ねる・・?」
「そ!千鶴を勝手に遊びに誘ったりするとさ、なーんか機嫌悪くなって大変なんだよ。」
「そうなんですか・・?」
「そーそー!どーせ仲間はずれにされたってんで拗ねてんだぜ!総司の奴も子供だよなー。」
「いやぁ、あれは仲間はずれってんで拗ねてるんじゃないと思うぜ。」
原田さんの返答に平助君は眉をひそめて抗議の異を唱える。
「えー?じゃぁ、なんで拗ねてんだよ。」
「それがわからねぇようじゃ平助もまだまだお子様ってこったな。」
「は?なにそれ!?」
「まぁ、落ち着けよ。この話はもういいだろ。
せっかく千鶴を連れ出してやったのに眉間に皺ばっかよせんなよ。」
「あ、そっか。・・・ごめんな?」
指摘されたことにサッと顔色を変えて平助君はぐるりとこちらを振り返った。
「気にしないで、ね。それよりも、2人のお勧めのお店ってあそこ?」
先ほどからふんわりと甘い香りがこちらにまで届いている。
原田さんが目を細めて、あぁ、と頷いた。
「あんまり甘すぎるもんは好きじゃねぇんだけどなぁ、たまにはいいだろ。」
「オレは好きだから結構来てるんだ!ほら!この前土産に買ってきた団子、ここのやつなんだよ。」
なんだかんだ、2人は楽しそうに店先の暖簾をくぐる。
甘いものはそんなに得意じゃないという原田さんが私をここに連れてきてくれたのは、きっと彼なりの気遣い。
甘いものが好きだっていう平助君はよくお団子をお土産に買ってきてくれる。
些細なことだけど、私にとってはすごく嬉しいことで、頬が緩むのをとめられそうにない。
「ん?どうした、千鶴。」
「・・原田さん、平助君、ありがとうございます!」
「なーに言ってんだよ!まだなんも食ってないだろー?」
「そそ、お礼なんてものは必要ないぜー。ここは左之さんのおごりだから遠慮せず好きなだけ食えよ!」
「は?なに言ってんだよ。彼女はいいとして、なんでお前の分まで俺が奢らなきゃいけねぇんだ。」
「いーじゃん、さっきの朝稽古ん時に賭けして勝ったのは俺だしさー!」
「あんなん、お前の勝ちって言えねぇだろうが!」
わいわいぎゃぁぎゃぁと騒ぐ二人に微笑んで、私はお品書きを広げた。