「大丈夫です、土方さんがおっしゃりたいこと・・分かっています」
「・・そうか。まぁ、少し無理やりな方法だが、勘弁してくれ」
彼にしては珍しく、眉を下げた様子に私は首を横に振る。
「・・・私も、平助君と普通に笑えるようになりたかったので・・」
そう、歯切れの悪い答えを返せば土方さんは少し困ったように笑った。
「詳しいことまでは聞いてないし、お前らの問題だけどな・・・」
頭に、大きな掌を乗せられる。
「お前の様子がおかしいと、他の連中も気にするんだ」
わしわしと、少し乱暴に撫でられる。
斉藤さんも、土方さんも、不器用だけど暖かくて優しくて、その心遣いにじんと胸が熱くなる。
「お気遣いありがとうございます。隊士集めも頑張ってお手伝いしてきます!」
このままここに居たら、きっと情けない顔を見られてしまう。
そう思ったら身体が勝手に動いた。
ぺこりと勢いに任せて頭を下げて、それから彼の顔を見ずに踵を返す。
なんだか、本当にいろいろな人に心配をかけて、迷惑もかけて、と落ち込む自分をなんとか諌めて明日の準備をするべく自室に向かった。
「・・・ちゃん、千鶴ちゃん」
「え、あ・・・沖田さん?」
ズンズンと、とにかく部屋に戻ろうと意識を集中させていたので声を掛けられたことに気づくまで時間がかかった。
そういえば、ここは沖田さんの部屋のすぐ近くだった。
彼は自分の部屋の戸に寄りかかりながらにこにこと笑顔を浮かべている。
「気づかないで通り過ぎちゃうなんて、冷たいなぁ」
「す、すみません・・少し、考え事をしていたものですから」
両腕を頭の後ろで組んで軽く笑っていた彼は、腕を下ろしてからふわりと足取り軽く私の傍まで歩み寄った。
「怖い顔して、どうしたの?」
「え・・、そんな顔、してました?」
「うん。なんだか複雑そうな顔してたけど」
彼に指摘されてついつい自分の頬を両手で覆った。
土方さんに情けない顔を見られないように、って無心に自分の部屋を目指していたのに沖田さんに見られたら本末転倒だ。
うー・・と、頬をと耳を覆うように両手に力を込めたら、すっと優しく大きな掌に包まれる。
「なにか、あったの?」
「・・・・・」
珍しい、ってぐらいに、優しい優しい声色で問われる。
思わずとろんとしてしまいそうなほどな音色に、目を細めた。
「あ、の・・」
「うん」
「何か、あったとかじゃないんです・・ただ・・、」
「ただ・・?」
「・・自分でも、頭の中がごちゃごちゃしてしまって、どうしていいかわからなくて・・沢山の人に迷惑をかけてしまって、自分のことなのにって情けなくて、それで・・」
文法も何もない。思ったことだけを繋げたような私の言葉を、それでも彼は黙って聞いてくれる。
「・・優しく、気をかけてもらえたのだから、謝ったり反省する前に、自分で出来ることをしていこうって・・思って、」
「・・そっか」
ただ、聞いてもらっただけなのに、すごくスッキリと胸の中が晴れていく。
まさか沖田さんに話を聞いてもらってこんな晴れ晴れするだなんて、と少しばかり失礼なことを考えながらも、それでも素直に彼に感謝した。
「千鶴ちゃんはさ、気にしすぎなんだと思うよ」
「・・え?」
部屋まで送る、という彼の言葉を素直に受け取り、私の部屋までの道を共に並んで歩く。
そこで、彼は少し考えた風を装いながら眉を寄せて言う。
「ここには君よりもずっと大人ばかりがいるんだから萎縮しちゃうのも分かるけど、君はもっと甘えるべきだよ」
「ですが・・、」
「新選組だから、とかは関係ないよ。君は女の子なんだし」
そんなわけには、いかない。
でも、素直に沖田さんの言葉は嬉しかった。
いつも肩を張ってばかりな私に、そんなに無理しなくていいからさぼっちゃいなよ、と彼はいつだって私の負担を取り除こうとしてくれる。
少し不器用だけど、沖田さんは優しい人なんだって、思う。
「沖田さんは、優しいですね」
「・・・優しい?」
彼の顔を見上げてそう言えば、彼はほんの少し押し黙り、それから唐突に不機嫌そうに眉を寄せた。
「・・・僕は、優しくなんかないよ」
@あとがき
・・・予想外に、ちょこちょこですが、いろんなキャラが出てきてるなー・・と。当初は、逢引日和の続編で平助オンリーな気持ちで執筆を始めたのに、気づけば左之さんも一君も新八っつぁんも総司も土方さんまでもが友情出演・・。逆ハーの癖がついているんだろうか・・。
斉藤さんから、土方さんからの呼び出しの伝言を受けて部屋へと急げばそこには複雑な顔をした先客が居た。
私が来たのを確認して、土方さんは重たげに口を開き話し始める。
「・・・は?ちょ・・・、え?」
「連絡事項は以上だ。出発は明日、精々活きのいい奴見つけてきてくれ」
「ちょっと、土方さん、本気で言ってんの!?」
平助君が目を丸くして、信じられないものを見るように目の前の土方さんを見つめる。
彼が驚いてくれていなかったら私が取り乱してしまっていたと思う。
「こんなこと嘘で言うわけねぇだろうが」
「だって、さ・・、いや、別に江戸に行くのをどうこう言ってるわけじゃねーよ!前にも何回か行ってるし、ただ、」
チラリとこちらに視線を向けて平助君は困ったように眉を下げた。
「なんで、千鶴も一緒に・・」
「二度同じことを言わせるな。そいつの実家は江戸だ、綱道さんが現れる可能性がある。以上だ」
「だーかーらー!んなの理由になってねーって!綱道さんなら俺だって顔見たことあるし、実家だって場所聞いておけばなんとかなるし!」
必死な様子の平助君と、反論したいが自分に口を挟む権利がないことを知っているので瞳を揺らしてみつめるだけの私を交互に見遣って、土方さんは不機嫌そうに眉をひそめた。
「・・平助、」
何日も寝ていなくて苛々している、ってそんな声色と表情で土方さんが静かに平助君の名を呼んだ。
瞬間、彼はビクリと肩を揺らして佇まいを正した。
「お前と、そいつの様子がおかしいってのは俺の耳にも届いてる」
「・・・っ、」
「上の空で巡察に行かれても下の奴らに支障を来たすってことだ。いいから文句言わずにそいつ連れて行け」
「でも、さ・・・」
少しだけ、後ろの位置に居る私を平助君が伺い見るように振り返り、すぐさま目の前の土方さんに向き直る。
「・・わかった、行けばいーんだろ!」
「おう、最初からそう言ってんだろ」
「あー!もう、土方さんって容赦ねーし!」
がばっと立ち上がって、無理やり私の腕を引っつかむ。
「え、平助君?」
確かに、私は命を素直に受けるしかないから文句を言ってる平助君の後ろでちょこんと座っていただけだけど、こんな風に部屋を出て行っていいものなのだろうか。
私の腕を掴んだまま部屋を出て行こうとする平助君を止められずに、後ろ髪を引かれる様に振り返れば困ったような呆れたような、そんな表情の土方さんが居た。
バタバタと、そのまま部屋を退出したとき、彼の小さな呟きが聞こえた気がした。
「へ、平助君、ね・・ねぇ、待って・・」
「・・・・・・」
ズンズン進んでいく平助君に引かれて、私は小走りでなんとかついていく。
いつもだったら、他の人よりもずっと身近に感じられる背中も、どこか遠くて、急に不安が胸の中で広がる。
「・・・千鶴、」
ピタリと、彼は歩みを止める。
腕を引かれていた私はそれにつられるように縺れそうになりながらも足を止めて立ち止まる。
「あ・・のさ、なんつーか・・、えっと、」
「・・・・?」
煮え切らない口調で、彼はしきりに言葉を選んでいるようだった。
しばらく悩んでいたようだったが、くるりと振り返って慣れ親しんだ笑顔を浮かべる。
「せっかくだから、隊士集めの合間に実家でゆっくりして来いよ!」
「え・・?」
「ほら、こんな男所帯に長いこと居たんだし、自分の家で久しぶりにゆっくりしたいだろ?」
「平助、君?」
「出発は明日の昼くらいだから、準備しといたほうがいいぜ!」
焦ったように矢継ぎ早に告げると、パッと繋がれた手を離してバタバタと走っていってしまう。
その背をぼんやりと見つめながら、なんとなく、違和感を感じる。
お互いに空回りして、今まで自然に行えていたことが、どうしたらいいのかわからない。
素直に目を見て、笑って、一緒にお団子食べて・・、そういうことが、今は不自然になってしまう。
寂しくて、悲しい。
「・・・千鶴」
「え・・、あ、土方さん」
少し俯き加減で、平助君の姿の見えなくなった廊下で佇んでいたら後ろから声がかかる。
すぐさま振り返って、声の主の姿を確認して声を落とした。
「あー・・、あれだ、今回ことだが」
「・・大丈夫です」
「・・・・」
少し居心地の悪そうに頭を掻く土方さんに、今出来る精一杯の笑顔で答えた。
@あとがき
すっごーく珍しく、土方さんが登場しました!
土方さん、嫌いじゃないんです。本編もすごく好きだったし、彼自身はとても魅力的なキャラクターなのですが、どうしても・・役がつかみきれないと言いましょうか・・、口調や性格が隊務と私情ではっきり区別している人だったので、難しくて・・・。今回は無理やり出演させましたが、やっぱり偽者ちっく・・・(;へ;)ごめんなさい。
@にっき
もうすぐ、逆転検事が発売しますね!!
すっごーく楽しみです!逆転シリーズは普通に主人公のなるほど君が可愛いし、ライバルの御剣検事も格好いいしで気に入ってたんですが、なんと御剣検事が主役のゲームが!と、ずーっと楽しみにしてました!!
御剣検事って、厳しいイメージが最初はあったのに、どんどんヘタレキャラになっていって、もう、なんていうか・・・、可愛いですよねぇ(*^ⅴ^*)あー・・楽しみです!!
「・・・で、どうすんだ?」
空になった湯飲みを床に置き、新八は面白そうに口角を持ち上げる。
「どうするもなにも、平助もガキじゃねぇんだ。俺らがお膳立てしてやらなくても自分でなんとかするだろ」
「そうじゃなくてよ、千鶴ちゃんのこと」
「・・・あいつが、平助を選ぶってんなら俺が口を挟む権利はねぇ」
「そういうもんかねー、欲しいもんは奪っちまえばいいのによ」
肩をすくめ新八は面倒そうに視線を逸らす。
他人事だからかあっさりと大層なことを告げる奴に、深くため息をつく。
「奪っちまうって、お前なぁ・・」
「平助に千鶴ちゃんはもったいねぇって。ありゃぁ、別嬪さんになるって、俺は思うね!」
「そりゃ、千鶴は器量がいいけどよ。そういう問題じゃねぇだろ」
「-・・左之、」
「あ?」
「千鶴ちゃんが平助を選んじまって、てめぇはそれで納得できんのか?」
「・・・できる、できねぇの問題じゃねぇよ」
千鶴が選んだんなら、納得するしかねぇ。
あいつが幸せだっていうのなら、俺は黙って身を引くべきだろうさ。
「・・・・・てめぇも相当、重症だな」
「あ?新八、何が言いてぇんだ」
呆れたように捨て台詞を吐いて新八が席を立つ。
それを目で追いながら、俺は無意識に腹の底から低い声を出していた。
「・・・まぁ、おめぇが平助を応援してるってんなら俺はもう何も言わねぇよ」
広間から出る一瞬だけ、視線をこちらにやり、そしてさっさと背を向ける。
静かになった広間には綺麗に平らげられた膳がいくつかと、崩れて床を汚す膳が残される。
「・・・・・・・どうしろっていうんだよ」
冷めちまった湯飲みを床に置き、ゆっくりと腰を持ち上げ、この広間を後にした。
「・・斉藤と、千鶴?」
広間から出て腹の底から湧き上がる不快な気分にうんざりし、なにか気分転換でもしようと屯所の中を歩いていたとき、遠目に斉藤と千鶴の姿を確認する。
斉藤に呼び止められた風な千鶴は、はじめキョトンとしていたが、いくつか言葉を交わした後なにやら焦ったように自分が歩いてきた道を引き返す。
斉藤はその後姿をしばらく見つめた後、何事もなかったかのように千鶴とは反対側、俺がいる通路の方へ歩いてくる。
「斉藤、千鶴に何言いやがった」
あの焦った顔は尋常じゃない、と声色を厳しくしたつもりが、相手は特に気にした風もなくあっさり答えた。
「・・副長からの言伝を伝えただけだ」
「土方さんから、千鶴に?」
「お前が心配するような内容ではないから安心しろ。ただ・・、」
土方さんからの大抵の用事は斉藤や山崎が伝えていたはずだ。
焦ったようにあいつが土方さんの部屋に向かったっつーことは、呼び出し、ってことなんだろう。
・・が、
「ただ、なんだよ」
「少しの間、雪村が屯所を出ることになる」
「・・・・・・は?」
俺の面を見て、だから言いたくはなかったという面倒そうな表情を浮かべる。
「そ、そりゃぁ・・どういうことだ?」
「問題が起きたわけではない。平助が江戸に隊士を集めに行くのに同行するだけだ」
「隊士集め・・つーと、定期的に幹部が各所に向かってってやつか・・」
こういったことに向かない連中もいるが、源さんや平助といった人付き合いの上手いやつが土方さんの命で出向いたりしているらしい。
若い隊士は平助の人柄や力量を見て憧れることが多いらしく、向いているんだろうとは思っていたが・・、
「それで、なんで千鶴が一緒に同行ってことになるんだ」
「今回の目的地は江戸だ。彼女の実家があるのだろう。父親の目撃情報があるかもしれない、とのことだ」
「・・・そりゃ、そうかも・・しんねぇけどよ」
筋が通っちゃいるが、なんとなく、土方さんがそんな理由であいつを江戸に向かわせたのが納得できない。
無言で睨むように斉藤を見れば、ため息一つついて口を開く。
「・・平助と、雪村の不自然さに副長も気づいている。あんな様子では隊務に支障を来たしかねん」
「で、無理やり放り出して自分らで解決してこいってことか。土方さんにしては荒療治だな」
冷たく言い放てば斉藤が微かに眉を寄せる。
しかし、俺の苛立ちを悟ってか、それから呆れたように息を吐いた。
「・・心配なら、お前もついていけばいいだろう」
「いや、いいさ。荒療治だけど、確かにあの二人の問題だしな」
俺が、首を突っ込むわけにはいかねぇ。
言い捨ててしまえば、無理やりにでも自分を納得させることができるような気がした。
@あとがき
平助メインなのに、やっぱり左之さんは贔屓目です。
なんていうか、誰が相手でも結局は左之さんはいつだって千鶴の味方なんです!見守るお兄さん的な、ね!
そういえば、今我が家に大量の牛乳ゼリーがあります。
両親の友人が作ったらしく2Lパックくれたのですが・・・・・美味しいですよ。甘いですしね。でも・・さすがに、なんていうか、飽きる味というのか、大量に食べれるようなものじゃないというか・・。困ったなぁ・・。