「・・・・はらだ、さん?」
「お、起きたのか?」
ぼんやりと、目の前の天井を見つめた。
頭の中に霧がかかったかのようにどこか空ろで意識がはっきりしなかった。
ただ、見知った気配に心の中だけが温まり無意識に名を呟いていた。
「私・・、どうしたのでしょうか」
「覚えてねぇのか?」
「・・・はい」
柔らかな布団の中にいる自分は、それまでの記憶がはっきりしない。
ゆったりとした座り方で私のすぐ傍でこちらをみやって彼は苦笑を浮かべる。
「風邪、だとよ。平助んとこと巡察中にぶっ倒れたんだ。あいつ、真っ青な顔で屯所に駆け込んで来やがってなぁ、」
どこか困ったように言う彼は、それでも口元にうっすら笑みを携えている。
「・・すみません、ご迷惑・・おかけしてしまったみたいで」
平助君の名を聞いて、少しだけ、そう・・昼間一緒に巡察に出かけたなぁ、という程度の記憶が浮かぶ。しかし、その後は一切真っ白のままだった。今こうして自分の部屋で横になっているということは平助君たちにたくさん迷惑を掛けてしまったのだろう。
「お前が気にすることじゃねぇよ。ま、ゆっくり休んで早く治せよ」
ひんやりと冷たくて大きな掌が額に乗せられる。
熱のせいだろうか、この手が離れてしまうことが怖くて、自分の掌をそっと重ねた。
「・・千鶴?」
「原田さんの掌、冷たくて・・気持ちいいです」
目を閉じて、そう呟くように言えば頭上から微かに彼が笑ったような気配がした。
「結構熱あるみたいだからな、俺の手でよかったら貸してやるよ」
「・・ありがとうございます」
心地よい冷たさに気分が落ち着いて、しかし自分の手と彼の手が触れ合った場所から熱が広がっていく。暑苦しくはなく、どこか居心地の良い温度に、私はうとうとと目の前を揺らした。
「ちーづーるー!!って、あれ?まだ眠ったまま?」
「あぁ、さっき一度起きたんだけどまた眠っちまった」
ガラリと勢いよく障子が開かれ、両手いっぱい荷を持った平助が顔を出す。
千鶴が眠っているのを見て少し肩を落としながらも部屋に足を踏み入れ手にした荷をどさりと床に広げた。
「おい平助、なんだその荷は、」
「あ、これ?千鶴に見舞いの品持ってきたんだよ」
「見舞いって、限度があるだろ・・」
平助が床に下ろした荷は千鶴の寝てる布団の周りに並べられた。
その量に俺が眉を微かにひそめれば、平助は違う違うと頭を横に振る。
「俺と新八っつぁんからはー、この団子と蜜柑だって。あとは総司と一君と土方さんたちから!」
「・・・・はー・・、それでこの量か」
呆れるように品々を見る俺に対して平助はさっさと部屋の奥へ足を踏み入れて千鶴の寝顔を覗き込んだ。
「千鶴ー・・大丈夫か?」
「熱はもう大分引いたから心配いらねぇよ」
「左之さんずっとここで看病してたの?」
「あ?あー・・看病ってほどのことしてねぇけど」
平助は千鶴の落ち着いた寝息にホッとしたのか覗き込んでいた姿勢を起こして小さくため息をついた。
「でも、マジびびった。千鶴いきなしぶっ倒れたんだもんなー」
そう言って前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱して平助は胡坐を少し崩した。
そのまま、もう一度千鶴の顔を覗き込んでうんうんと頷いている。
「ま、大事じゃなくて良かったよ」
「軽く締めてんじゃねぇよ、平助。お前の大騒ぎのせいで土方さんや近藤さんまで屯所の入り口に集合だったんだぜ?」
「えー!だって千鶴が死んじまうかもって思ったんだし、しょーがねーじゃん!」
「しょうがなくねぇよ、土方さんだって呆れちまってため息ついてたぞ」
俺の発言に猛反発する平助は身を乗り出しながら口を尖らせた。
平助の気持ちもわからなくはねぇが、あの時のこいつの大騒ぎ振りを思い出して自業自得だと追い討ちをかける。
「ま、あとで土方さんから呼び出し食らったときの言い訳でも考えとくんだな」
「うわー、うわー!左之さんつめてー!」
「うるせぇ、千鶴が起きちまうだろ。騒ぐんなら外行けっ!」
畳に両手をついて抗議を始める平助を怒鳴りつければ、ぐっと口を噤んで恨めしそうにこちらをみやる。その態度に呆れつつ、俺は千鶴の額を優しく撫でた。
「熱下がったっつっても風邪が治ったわけじゃねぇんだ。見舞いの品はこいつが起きたら伝えとくから、お前は飯でも食いに行ってろよ。」
「・・・・なんか、左之さんばっかいいとこ取りだよなー」
「あ?」
「べっつにー・・」
じと目でなにやらぶつぶつと文句を言ってる平助を流して、俺はさっさと部屋の扉を開く。
「え、なに、それってさー・・でてけってこと?」
「お、珍しく察しがいいな」
「さ・・・左之さん、ひでー・・マジでひでーよ!千鶴が元気になったらぜってー言いつけてやる!」
ぐっと喉を詰まらせた後、平助は面白いくらい顔を引きつらせて部屋から飛び出した。
・・ほんと、アイツの反応って面白れぇよな・・、
バタバタと遠ざかる気配と同時に、ふとぼんやりと瞼を持ち上げた千鶴が空ろな瞳で天井を見つめていた。
「悪いな、うるさくて起きちまったのか」
「いえ・・、目が覚めたときに賑やかなのは、嬉しいです」
まば夢うつつな表情で千鶴はころんとこちらに顔を向けて、へにゃりと笑う。
「ずっと、一人ぼっちだったから、目が覚めたときに平助君や原田さんの声が聞こえて、ホッとしました」
「・・そうか、」
ひどく、弱弱しい声で呟くように言われた台詞に俺はふと肩の力を抜いた。
そのまま千鶴の頭を撫で回してやれば嫌がるでもなく素直にされるがままになってくれる。
「具合はどうだ?」
「・・まだ、ぼんやりしますが・・さっきよりは少し気分がいいです」
「そうか、そいつぁよかった」
額から手を引けば少し名残惜しそうに目を細める千鶴がいて、俺は口元に微かに笑みを作った。
「・・千鶴、寝床の周り、見てみな」
顎でさっと示してやれば瞳を丸くして、ゆっくりと上体を起こした。
「これ・・は、」
「あいつらが寄越した見舞いの品」
乾いた笑みを口元に作り、俺はその一つを手に取った。
「平助と新八は食いもんだとよ。あいつらは、ほんといつだって食いもんしかねぇのかねぇ。」
蜜柑やお団子の甘い香りが部屋いっぱいに広がっている。
手に取った果実を千鶴の手に乗せれば、それを大事そうに両手で包み込んだ。
「・・・嬉しいです」
「あいつらも心配してんだ。早く良くなれよ」
「・・・・・はい」
「んで、俺はこれ。」
そう言って、原田さんは大きな掌を私の額に乗せる。
もうさっきみたいにひんやりとはしていなかったけれど、暖かくて、ホッとする。
「お前が良くなるまで、傍にいてやるよ」
「え・・?」
「見舞いの品の方がよかったか?」
驚いて上げた声を彼は気に入らなかったと勘違いしたのか困ったように眉を寄せた。
「ち、ちがいます!そうではなくて・・、」
「風邪引いて弱っちまってるときは、誰かに傍に居てもらうのが一番嬉しいって、お前・・前に言ってただろ?」
「・・・覚えていて、くださったのですか?」
じんわりと目元が熱くなる。
あったかい。
原田さんは、優しくて、いつだって私を気に掛けてくれて、
すごく・・・あったかい。
「・・どうした?」
思わず溢れそうになる涙を押さえ込もうと、私は顔を隠すように俯いた。
「あ、の・・・頑張って、治すので、もう少しだけ・・、傍に居てくれますか?」
途切れ途切れの言葉を、原田さんは真剣に聞いてくれた。
微かに苦笑するような気配を感じて顔を上げれば、思ったよりも近くに彼の顔があった。
「風邪んときくらい、好きなだけ甘えていいんだぜ」
「・・・・はい」
ゆったりとした優しくて、大人な彼の微笑を受けて、私はどうしようもなく胸が熱くなる。
この感情は、なんて言うんだろう。
苦しくて、頭の中がくらくらして、でも、すごくあったかいもの、
あぁ、そっか・・。
たぶん、この感情が『好き』だと思う。
@左千お題企画に参加させて頂きました!
現在は、展示期間も終わり無事に閉幕となりました企画で、寄稿させて頂いた作品です。
自分のブログにあげるものじゃなかったので、平和で穏やかなものを…と、かなり悩みました(笑)
ブログにアップするときは加筆修正しようかなーと思っていましたが、
どことなく寂しい気もするので、とりあえずそのままアップしてみました。
風邪ネタは他でちゃんとやりますが、たまにはこういう穏やかなものでもいいですよね(^-^;)
「千鶴、元気出してね!」
久々に会った友人は私に気を使って酷く無理をしたような笑顔を浮かべた。
その笑顔と平助君の笑顔が重なって見えた気がして、彼女に気付かれないように小さくため息を吐き出した。
平助君がまた明日、と言って背を向けて去った昨日の夜はよく眠れなかった。
その背が遠ざかる映像が頭から離れなくて・・心がぎゅっと痛くて、寝つけるはずがなかった。
胸の奥の不安を押し隠して、私は父様の情報を得るために江戸での父と繋がりがある人の間を渡り歩いた。
江戸を離れて一年が経ち、その間に一度くらいは江戸に立ち寄ったかもしれない。
そんな願いが、どこかにあった。
久しい友達や近所の商店に出向いて聞き込んでみても父様の目撃情報は得られない。
江戸を経つ前から父様を捜す私を気遣ってくれた友人は私が京都に向かった後も江戸中を捜してくれていたらしくて胸にこみ上げてくるものがあった。
ただ、結局父様に関して何一つ進展がなかった。
自宅に戻って床にぺたりと座り込む。
なんだか、いろんなものが抜けてしまったような妙な脱力感が全身に広がっていた。
その時、裏口でガンガンと戸を叩く音が響いた。
びくりと震えた肩は強ばり、でも、と思い直す。
夕方に平助君が尋ねてくるはずだ。
重たい腰を上げ、まだぼんやりとしたままでふらりと裏口に向かった。
「・・平助君?」
ガンガンと、響いていた戸は声をかけるとピタリと止む。
戸の向こう側に人の気配があるけれど、少しだけ、違和感があった。
「平助君、だよね?」
名を呼んでも、向こうに居る人物からの応答がない。
平助君だったら、すぐに返事を返してくれるはずだし・・
「・・あ、あの、どなたですか?」
急に背筋にゾクリと寒気がこみ上げて、不安定だった心をより揺さぶった。
「・・・・・、」
ほんの少し、向こうの人物が何かを呟いたのが聞こえたけれど戸を挟んでではこちらまで届いてこない。
騒ぎ始める鼓動を沈めて、戸にピタリと寄り添うようにして気配を窺った。
もしかしたら、しばらく留守にしていたから誰も住んでいない空き家だと思われて悪戯とか、そんなことをしようとしている人かもしれない。
「あ、あの・・っ!?」
意を決して戸を開けたとき、向こう側の人も同じように戸に手をかけていたようでガツンとぶつかってしまう。
相手の胸元辺りにぶつかって、そのまま尻餅を付いた私をみて、相手は慌てたよう屈みこむ。
「ち、千鶴、大丈夫か!?」
「・・・・平助、君?」
少しだけ痛む鼻を押さえて、チラリと視線を持ち上げれば、
「ご、ごめんな・・。なんかさ、なんて言ったらいいのか悩んでて声をかけるきっかけっつーのが、さ・・」
と、困ったように頭を掻きながら私の頭を撫でる平助君の姿があった。
「平助くん・・」
「なんか、正面から入るのも気まずいっつーか・・。で、裏に回ってみたはいいけど・・・あー!なんか、言い訳ばっかじゃん、俺」
ぐちゃぐちゃと前髪を掻いて、それから平助君は座り込んだ私を支えながら起き上がらせてくれた。
「・・・えっと、驚かせてごめんな」
「・・ううん、大丈夫。平助君でよかった」
「え?」
「少しだけ、誰だかわからなくて、怖かったから・・」
私の言葉に大きな目を見開いて、それから困ったように目を細める。
「うん・・・、ごめんな」
それは、怖がらせてごめんと、もう一つ別の意味を含んだ謝罪に聞こえた。
それから、一瞬その場が静まり返って、お互いに口を噤んだまま僅かな時間が過ぎた。
「・・・・千鶴、」
呼びかけに、じっと視線を平助君に向ける。
彼は口を開き、しかし、息を飲んでまた噤む。
・・元気な、平助君がすごく好きで、彼がこんな風に迷ったり悩んだり、苦しそうな仕草をするのは私が原因で、申し訳なさと、どこか切なさが交じり合った。
「・・ごめん。千鶴に、謝ってばかりだって言ったけど、俺も・・お前に謝ってばかりだ」
「・・・・・」
「お前を困らせて・・、そんな顔させたいわけじゃねーのに・・」
そう言って、泣きそうなほど歪めた顔で彼は告げる。
「新選組の隊士として、大事な人を作っちまうってことがどういうことなのかも、分かってるつもりなんだ」
彼は唇を噛み締めながら、私の両の手を握り締めた。
「・・ただ、女が欲しいだけなら新八っつぁんみたいに色町で買えばいい。本当に守りたい人を、作るべきじゃないって何度も思った!」
「けどさぁ、お前の、笑顔を見るたびに・・抱きしめたくなるんだよ。んで、抱きしめたら離せなくなっちまう。」
「平助君・・」
「千鶴が大事で、ヤバいくらいにお前で頭ん中いっぱいなんだ!」
飾らないまっすぐな言葉を受けて、私は自分の気持ちに初めて向き合った。
平助君を、ずっと友達のように身近に感じて、だからこそあの日の出来事に戸惑って困惑して、
でも、そうじゃなくて…一番私が考えなくちゃいけなかったのは…私が平助君をどう思ってるか、なんだ。
そう考えて途端にぎゅうっと胸が痛くなる。
「ち、千鶴?」
胸を押さえながら苦悶の表情を浮かべる私に平助君は慌てて顔色を窺うように腰を折る。
「平助、君…」
「どーした?具合悪いのか!?」
「私、平助君が好き…」
初めて自分の気持ちに気づいたら、言葉が…想いが溢れて…止まらなくて…苦しくて、
「ち、づる…」
「ごめんなさい。逃げてばかりで・・気づくの怖がってばかりいた。」
「でも、平助君が大切なのはずっと心の中にあった…友達みたいにずっと接していられたらって…そんな風に逃げてた…」
溢れて止まらない言葉を、平助君はただ黙って聞いていてくれた。
「…ごめんね、平助君」
「はは、お前って謝ってばっかりじゃん!」
「だって…、」
「いーよ。そんなんどーでもいい。千鶴が俺のこと好きだって言ってくれただけで…今、すげー嬉しいから」
溢れて、止まらない気持ちは…一時の突発的な感情なのかもしれない。
ただ平助君を好きだって気持ちは変わらない…大切で、だからこそ…今の気持ちを大事にしたかった。
「・・・っ・・え?」
急にふわりと自分の身体が宙に浮くような浮遊感を感じて驚いて顔を上げた。
「へ、平助君!?」
目元が前髪で隠されて見えなかったけれど、私を横抱きにして家の奥へとずんずん進んで行く彼の耳が真っ赤に染まっていた。
ほんの少し落ちそうな不安定な抱き方だったけれど、なんだか、嬉しくて、ぎゅっとしがみついた。
@あとがき
たいっへん、お待たせいたしました!!
すごく中途半端なところでストップしていたのでとりあえず告白シーンだけでも!と思って詰め込みました。
詰め込みすぎて自分でも訳が分かりません・・ので、こっそり修正が入ってるかもです・・。
まま、とりあえず、二人はらぶらぶってことで、次回は床シーン(笑)です!
張り切って書かせて頂きます(*^∀^*)ノ あ、ここ、笑うところですのでよろしくです!
なるべく・・週末更新しようとは思ってるんですよね。
先週は大変失礼いたしました。更新するとかぶっこいて(ーー;)
急遽仕事をせねばならなくなりまして・・はい、言い訳になってしまいますが、来週も休日出勤の予定です。
はぁー・・・とりあえず、睡眠が欲しいです・・。誕生日はー・・、とっくに終わったので、クリスマスプレゼントは睡眠と久々知兵助君と藤堂平助が欲しいです。サンタさんよろしくお願いします。
5日深夜追記:
すみません・・結構文章に違和感が残っちゃってますね・・
急ぎで書き下ろしたので自分でもまとまってなさ過ぎる・・と反省してます。
次回更新時に一緒に修正もしますので、お、お叱りは・・ご勘弁を(;□;)
がんばろーな!
そう言った平助君の笑顔に私も元気よく頷き返した。
「ところでさー・・・本当に埃たまってんな」
私の後に続いて歩く彼は部屋や廊下の隅々に溜まる埃を目に留めて眉を下げた。
その言葉に苦笑を返す。
「汚くてごめんね。家に着いたのは随分前なんだけど、父様が居なくて少しぼんやりしてて、ね・・」
掃除をしなくちゃ、とは思っても誰もいない、誰も帰ってこないこの家があまりにも寂しくて、動き出すことが出来なかった。
でもそれは、言い訳に過ぎないから、
「別に責めてるわけじゃねーよ!京都の屯所なんてもっと汚いしなー。そだ、今から掃除すんだろ?俺も手伝うし、さっさとやっちゃおーぜ!」
なんとなく声を落とした私を見遣って平助君は無理にでも場の空気を和ませようと元気いっぱいの声で叫びバタバタ家の中を走り出す。
「ちょ、ちょっと待って平助君!雑巾はそっちじゃなくて、あ、そこは違っ・・!」
掃除道具があるのは裏口の方だ。彼がバタバタ奥へと進むのを見て焦ってその背を追いかける。
こういうときに元気な平助君を見ているとこちらまで元気になるのは嬉しい。
けれど、落ち込んでる暇もなくバタバタ走り回らなくちゃいけないのは態となのか、そうでないのか、どちらにしても苦笑と共に微笑が漏れるのは、私の心が温かくなった証拠なのだろう。
「ちづるー・・・まだ終わんねーの?」
「え・・、うーん・・埃も粗方掃き終わったし、今日はこのぐらいで終わりでいいかな」
手にしていた箒と雑巾をまとめて一箇所にまとめる。
後で洗濯物と一緒に洗ってしまおう。
桶に汲んでおいた水で手を洗い、布で拭う。
そのとき、ふと視線を感じて顔を上げたら平助君が布をもつ私をぼんやりと見つめていた。
「平助君?」
見つめていた、というのは語弊があるかもしれない。
なんとなく、視点が定まっていなくて私を視界に入れつつどこか遠くを見ていた、そんな感じだった。
「え?あ・・・・、ああ」
「具合でも、悪いの?」
ハッと気づいたように顔を上げて目を瞬く。
それから、唇を静かに動かした。
「・・・千鶴、あのさ・・その、あの日の帰り道のさ、話なんだけど・・・・」
「あ、の日?」
「・・・・俺が、続きを言わないでくれって・・言ったの、覚えてる?」
「・・・・うん」
「・・・・・・・なぁ、」
彼は、紡ぎを止めた。
それから、言葉を選んでいるのか彼は口を噤んで黙り込んでしまう。
続きを聞かせて欲しい、そう続くだろうと思って身構えていたのに、その言葉を聞くことはなくただ静けさが広がる。
・・妙な沈黙が部屋の中に広がっていく。
息苦しいわけではないけれど、居心地は、よくなかった。
お互いに俯きあっている中で私はチラリと平助君に視線を向けた。
普段は永倉さんや原田さんたちと一緒にいることが多いので小さくて、それが余計に身近に感じられて嬉しかった。
でも、あの日の平助君は大きくて、男の人で、とてつもなく遠い存在のようで切なかった。
私は、おずおずと顔を上げて視線を彷徨わせながらなんとか言葉を選んで口を開いた。
「平助君・・ごめんね、」
「え・・・?」
「私は、平助君を自分の中で勝手に決めつけてた。いつも元気で優しくて可愛い人だなんて、思い込んで、平助君を傷つけた」
「そ、んなことっ・・・、」
勢いよく顔を上げた平助君はせのまま息を詰める。
「・・んなこと、ねーよ」
ポツリと小さく漏れた声は消えてしまいそうなほど小さかった。
「つか、それ、謝罪のつもりならやめてほしーんだけど・・惨めじゃん、俺」
「ご、ごめんなさい・・」
「だーかーらー!謝んな!千鶴はさ、この前のこと言ってんだろ?」
「うん・・」
「だったら、謝られた俺ってすげー惨めだろ!?ごめんなさい、一切男として見ていませんでしたって言われてんのと同じじゃん!!」
「・・・・」
何を返したらいいのか分からなくて、私は口を噤む。
「あ、あー・・だから、責めてんじゃねーよ?ただ、さ・・頼むよ、謝んなよ」
顔を上げない私に対して平助君は困ったように難しい顔をして頭をかいた。
「千鶴!」
「え、あ、はい」
「俺、とりあえず宿帰るよ」
「え・・・?」
「今はさ、俺もお前も頭ん中ぐちゃぐちゃでさ、なんも解決しねーと思うし!土方さんがせっかく時間くれたのに台無しになっちまう!」
「平助君、」
「明日の夜、また会いに来るから・・答え、用意しといてよ」
「こ、たえ・・」
彼は、いっぱいの無理をしたような笑顔で言う。
「俺は、お前がどんな答えを出したって、お前のこと、好きだから・・」
「へ、いすけくん・・・」
嬉しいとか照れるとか困るとか、その言葉に対しての感想は・・不思議と浮かんでくれなくて、ただ、息をのんだ。声が震えて、言葉にならない。
「だから・・ちゃんと考えて、答え出してよ」
「う・・ん」
曖昧に濁せば、彼は控えめに笑った。
そのまま勢いに任せて背を翻しバタバタと玄関口に走っていく。
どこか遠くで、戸が開き、そして閉まる音がした。
@あとがき
6月に入って、お待たせしてばかりでごめんなさい(><)
でも、精一杯頑張るので!続きも読んでやってくださいね!!
って、わけで・・さーてこの2人・・どうなっていくのか。
いやいや、どうしていこうかな・・・うーん・・このまま切羽詰ったまま押し倒しちゃえばいいのに!とか思いながら執筆してました(笑)でも、さすがに情緒がないっていうか前回と同じって言うか平助だってさすがにそんなに子どもじゃないよ、と思いとどまり・・とりあえずこんな感じに仕上がりました。
ううーん・・通勤中にいろいろ考えてはいるのですが、いっつも途中で爆睡してしまうんで(ーー;)
拍手ぱちぱち、いつも本当に有難うございます!
週末に一気にお返事しますので少々お待ちくださいませ!
@こっそり私信
嫁さんへ : お祝いのイラスト写メって携帯の待ちうけにしてます(*^∀^*)疲れたときに元気貰ってます!!